「産業と博物館と藤山一雄」


と、昨年12月にツイートした拙稿について短い説明を書く機会がありました。以下に採録します。

 これまで私は、戦後の博物館法に連なる物語性を、満洲国国立中央博物館および同館副館長藤山一雄の博物館論に関する研究の戦略としてきた。それは、20世紀的な「教養、教育の博物館」を論証する作業であり、博士論文で総括した。
 その一方で、藤山の博物館論には「産業の博物館」が存した。このことは、拙論「屹立する異貌の博物館」(『学芸総合誌 環』Vol.10、藤原書店、2002年7月30日、225-231頁)で簡単に触れたが、この主題を精緻に観察し分析したのが本論文である。
 その結果、20世紀前半に「産業の博物館」が後景化し、「教養、教育の博物館」が前景化してゆくことが認められ、わが国の博物館は産業主義から教養主義へと推移したことが明らかとなった。さらに、博士論文で論じたように20世紀末の10年には博物館の教養主義が否定されて大衆主義がもたらされたが、大衆主義をも顕示した藤山の博物館論とは、産業、教養、大衆という近代日本の博物館精神のトータルな体験であったことが再発見された。

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