菖蒲華

阪神淡路大震災の経験が教育になるのであれば、東北の地吹雪やオホーツク海沿岸の流氷が観光になるのであれば、この世のあらゆる幸不幸は教育にも観光(さらには娯楽)にもなる。そう言えば、病気―医療(PET)も観光化していた。これらはすでに、文芸や学問の対象である。学問は教育に拠り立ちてその版図を維持・温存・拡大してきた。そしていまやその片足を観光に乗せつつある。かくして教育は教育勅語の呪縛を離れ、かつて批判された「観光○○○」も自由化し、羽田だって佐世保だって○○○峠だって湊川や関ヶ原のように観光化するだろう。「文学の時代」があったように、「観光の時代」が到来するのか。もちろん、売れる作品と売れない作品があるように、売れる観光作品と売れない観光作品とに淘汰され、やがて「観光の時代は去った」と言われるに違いない。などと思ったりする菖蒲華の日。

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