博物館の名前

たぶんSNSの広告で、富山県美術館という名前を見た。「あったっけ?」と調べると、富山県立近代美術館の後身とのこと。2017年に開館している。「ああ、富山県立近代美術館問題を切断したな」と思った。当事者にそこまで知恵が及んでいなくとも、そういう効果はある。(あいちトリエンナーレ2019が炎上していたとき、先輩格の富山県立近代美術館はお先に失礼していたのか。)

愛知県陶磁資料館(1978年、愛知県陶磁美術館(2013年)の旧称)は「美術館」に改称したが、当初からの「資料館」の名の意味が忘れ去られたのであろう。その意味には、明治17年までさかのぼる理由性動機があった。しかし、「美術館」の方がオサレと言うとき、鹿鳴館時代への逆行であることに知恵は及んでいたのであろうか。(その最たるものが「日曜美術館」の群衆である。)

鳳来寺山自然科学博物館(1963年、田口鉄道自然科学博物館(1949年)の後身)の「自然科学」の語は戦後のもので、戦前は自然博物館、戦後も新しい時期になると自然史博物館になってゆく。

「科学博物館」の名をもつ博物館は、鳥取県立科学博物館(1949年、鳥取県立博物館の前身)、比和町立科学博物館(1951年、比和町立自然科学博物館(1990年)、庄原市立比和自然科学博物館(2005年)の前身)など見られ、新しい時代を称揚する鳥取県立科学博物館の意気込みには特筆すべきものがあった。

「科学」を冠した意味はいつか忘れられ、失われてゆくのであろうか。名前は政治である。

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