まちの博物館

久しぶりにこのまちの博物館に行く。昭和11年にできたものだが、大正から昭和初期頃の「博物館」とはこのような感じだったのだろうと思う。1階は動植物、2階は考古・民族。いまでこそ「考古・民族」と名指せても、往事は自然史の部分。総じて自然史博物館であり、郷土博物館だった。
偶々開催中の特別企画展「とうふつ湖の自然」もあわせて観覧。「ラムサール条約登録記念」という冠は現代風だが、「ある種が、日本では初めてこの地で発見された」をトピックスとする式の古典的な分類学に依拠した展示。こういう作風が連綿として続いているのである。博物学は植民地科学の尖兵だった。それがここではいまも無傷で生きている。しかも官民ともに。
2階の奥にはいわゆる歴史の展示がある。戦後の建物拡張でできた空間であり、付け足しのように見えてしまう。否、そう見せてしまうのには、やはりこの館が自らの植民地主義性に無自覚だからなのだろう。

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