飛鳥解体

最近になり、また高松塚古墳の話題がネット、紙面を賑わしている。12日には文化庁職員による壁画毀損、13日は滅菌防護服非着用による石室の入退室。2001年と2002年の事件だ。

が、5年もたったいまになって集中的に暴露されるのには、何かわけありのような気がする。また、関係者の間ではすでに以前から取りざたされていた話題なのかもしれない。たとえば、「文化庁の○○はほんましゃーない奴ちゃ」云々とか。昨年来、高松塚古墳の石室解体移転反対の論調が強硬に感じられたのも、そうした文化庁の無原則(が知られていたが)ゆえのことだったようにも思える。

いずれにしても、こうして’70年代のスローガン「飛鳥解体」は、現実のものになったとみなしたい。石室解体移転反対は飛鳥幻想守旧派と言えるわけだが、国家がこれを解体したのである。そういえば「大学解体」も、国家によって執行されたばかりである。団塊の世代のなせるわざか否かはしらないが、高松塚古墳はけがされ、大学も商売にまみれた。かつての「解体」とは主旨を違えるとはいえ、かつての「解体」が対手としたなにものかは、当の国家によってキズつけられたのである。夜盗などによるものでなかったことが、高松塚の高松塚たるゆえんである。某遺跡の発掘調査で銅鐸が検出された際、盗難をおそれてか(あたかも夜盗のごとく)夜間に写真撮影し(そのため色が変!!)、土中から取り上げられたのとは大違いなのである。

とは言え、飛鳥も大学もきっと回復されてゆくであろう。国家だからこそ可能とした解体であり、国家だからこそ回復もできるという、厳然とした権力がそこにある。かくして「解体」も、第2ラウンドを迎えたのである。

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