「尾張・猿投山古窯跡群の基礎的研究(2)」

丸山竜平「尾張・猿投山古窯跡群の基礎的研究(2)―東山古窯跡群の研究・予察―」『名古屋女子大学紀要』第52号人文・社会編、2006年3月を読む。
戦後考古学にとり、社会理論に接続することが「肇国」であった。これから見ると編年学派は、「編年のための編年」すなわち社会理論から逃走するものとして映じた。前者は、既に在る(と幻想された)社会理論への接続だったわけだが、編年学派はこれをさらに通俗化した社会観に甘んじてきた。両者は、当初の関係の母斑を帯ながらも斯界で棲み分けて来たと言える。(両者の弛緩の狭間に、デジタル考古学?や捏造事件などは発生していると言えるのかも知れない。)
ここで丸山氏の論文は、そうした社会理論と編年という二項を超えようとするものとして読むことができる。その基礎には社会理論があるわけだが、演繹するのではなくその方法はあくまで帰納的であり、そこに編年作業(予定された編年観ではない)も正当に動員される。遺物論の最たる編年と、遺跡論の最たる社会理論の、その次の地平がこの論文では展望されていると思えるのである。

1件のコメント

  1. polieco_archeと申します。ってなんて他人行儀な。すみません。リンクをしていただいて。品のないあのページは、師以下ではありますが、ま、こちらや「読むに」伺う前に、垢をあそこで洗い落とそうという意図で設けた次第です。
     さて。今回の、

    両者は、当初の関係の母斑を帯ながらも斯界で棲み分けて来たと言える。

    という指摘は、この二者を対立項としてしかみない斯界の皆々様の態度に辟易していた私にとって、目前がぱっと明るくなった気がしました。 🙂 🙂 🙂 どちらか一つを除くべき質のものではないものをなぜ、皆々様は互いにののしり合うのか。またそれを鵜呑みにして自らの内省に至らないナイーブさは本当に不可解な疲労感を覚えるものです。 😡 😥 😡

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